2007年08月22日
マクロビオティック
今流行のマクロビオティック (Macrobiotic) の語源って知っていますか?
マクロ+ビオティックの合成語であり、語源は古代ギリシャ語「マクロビオス」(「健康による長寿」「偉大な生命」などの意味。)とされているんですよ。
18世紀末のヨーロッパでは長寿法という意味合いで使用された言葉だったようですが、
第二世界大戦前後に桜沢如一が、自ら考案した食事療法の名称として広めたことから、現在では彼の食事法を指すことがほとんどのようです。
現在では桜沢の説を土台として、さまざまな分派が林立してきているようです。
「マクロビオティックス」「マクロバイオティック」「マクロバイオティックス」「マクロ」「マクロビ」「正食」「玄米菜食」「穀物菜食」などとして紹介されることが多い。
また、マクロビオティックを実践している人のことは、マクロビアンと呼ばれることもある。
★概要
桜沢が考案した食事療法とは、食育で著名な明治時代の薬剤監であり医者であった石塚左玄の食養会を通して体験した、日本古来の玄米を主食とし、漬物や乾物などを副食とした伝統的で質素な食生活を厳格化したものである。
従来の栄養学の場合、三大栄養素(タンパク質・脂質・糖質(デンプン質))の量的なバランスを重視する。しかし、石塚の理論では、この量的なバランスだけでは、栄養素を機能的に体内に吸収することが難しいとされている。 石塚は自ら考案した「夫婦アルカリ論」に基づき、肉を食べすぎると人面獣心になり、魚を食べすぎると抜け目なくなり、野菜を食べ過ぎると鈍重になると説き、食事を玄米主体(穀食主義)にするように薦めた。これが輸入食品を避けて地元の食品を食べようという身土不二思想の原点となった。また、自然界の動・植物や伝統食は完全で、皮をむいたり切り刻んだり分析することは、「完全な食品」を分解して不完全にしてしまう行為だと唱えた(一物全体論)。
桜沢は当初、肉・魚を禁止し野菜や果実類を減らし、玄米と塩を主体とすることがもっとも理想的であるという結論に至った。(ただし、白身魚、牡蠣などは、急場に限り許容される場合がある。) 玄米に多くの栄養素がバランスよく含まれていることは、現代の栄養学でも認められていることであり、穀物を主食として副食と明確に分離するという日本の伝統的な食事は、医学的、栄養学的にも優れていると、世界中で見直されている。 現在のマクロビオティックは多少の差はあるが、いずれもこの考え方を基盤としている。
身土不二思想に学術的色彩を与えるために、桜沢は陰陽論をヒントに、食品を「陰性」「中庸」「陽性」に分類した。ただし、彼の分類は、中医学の陰陽論に基づく分類とはかなり異なる。具体的には、産地の寒暖や形而上の特徴から牛乳・ミカン類・トマト・ナス・ほうれん草・熱帯産果実などを「陰性」、玄米は「中庸」、塩や味噌・醤油は「陽性」とした。このような分類法については、「食物を形而上学的特性で選んでいるのにすぎない。」との批判がある。この分類のため、ほとんどの患者が、肉類・牛乳・各種の野菜果実を禁止され、玄米と塩を主体とした食事を指導される結果となった。
一物全体論の見地からは、玄米や全粒粉のパン、丸ごとの野菜・果物、小魚などが身体によいとされ、食品のアクやえぐみを取り除くことも原則禁止とされた。
桜沢は、マクロビオティックの思想を食のみならず、生活のあらゆる場面で基礎とすべく、万物を陰と陽に分類する無双原理という哲学を提唱した。ただしこれについては、個々の現象に恣意的に陰陽をわりあてているのではないかと宗教学者から指摘されている。桜沢はこれを広めるべく1960年代に渡米して、弟子の久司道夫らとともに「禅の思想である」と唱えて普及し、ニューエイジの信奉者らにカルト的人気を博した。そのほか、菊池富美雄、相原ヘルマンらが主に海外で、大森英桜、岡田周三らが主に国内で広めた。
代表的な普及団体に共通する特徴として、
玄米や雑穀などを主食とする。
砂糖、化学調味料を使わない(水飴・甘酒・甜菜糖・メープルシロップなどで代用)。
肉類や乳製品は使わない。
なるべく近隣の地域でとれた有機農産物を使用する。
野菜の根や皮まで使い切る。
などが挙げられる。
国内では、近年になって歌手のマドンナや、トム・クルーズらが愛好家として雑誌等で紹介され、注目され始めた。そして、健康食ブームに伴って、カフェができたり、ムックなどの各種出版物が刊行されたりするなど、注目が集まった。
また、第二次世界大戦中に桜沢は、米はウカノミタマや天皇家の象徴であり神聖であるとの視点からマクロビオティックを奨励し、国家神道や八紘一宇の世界観、平和的な世界統一観を主張するなど、ニューエイジ思想・宗教に強い影響を与えた。マクロビオティックはこのような側面を持ち合わせていることから、「実質として宗教と見なすこともできる」と指摘されている。
晩年の桜沢は、厳格すぎる穀食主義を反省し、マクロビオティックは「何でも食べられる健康な身体を作るためのものだ」と言い換えを始めている。---桜沢如一著『食養人生読本』
アメリカでは、ヒッピー達の健康状態への関心と、従来の欧米型食生活が成人病の増加をもたらしているとの反省から、1997年に「アメリカの食事目標(マクガバン・レポート)」が打ち出され、それを機に日本の伝統的な穀物を主食とした食生活への関心が高まり、同時にマクロビオティックの考え方も見直されるようになった。
初期の桜沢の主張を踏襲した玄米菜食主義のマクロビオティック論者もいるが、現代のマクロビオティック論者の中には、これを論拠に栄養学を取り入れつつ、「健康を回復、維持するための生活法」と解釈する意見(「マクロビオティック・環境と健康のために」)も出てきている。 時代の変化、医学や栄養学の発達と同期して(少し前の医学、薬学では医薬品と健康食品などの食品との食べあわせ、飲み合わせは考慮されなかったが、現在ではそのリスクが指摘されている、など)マクロビオティックも変化を見せ始め、古い伝統食の良さを大切にしながらも古い誤った考え方を改めようとしている。
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